平成28年度 日本小児眼科学会賞 受賞者 二村 裕紀子先生の印象記

『日本小児眼科学会賞』を受賞して

この度、2016年6月24日~25日にパシフィコ横浜で開催された第41回日本小児眼科学会総会において、『小児眼科学会賞』を受賞いたしました。
「小児眼科学会賞」とは、その年に小児眼科領域で発表された論文の中から審査員により最優秀のものが選ばれていただく賞であり、このような賞をいただけたことは、大変光栄に思います。

この論文について少し説明させていただきます。網膜剥離が生じた未熟児網膜症Stage4の症例に対して網膜復位手術を行った28例42眼の検討で、レーザーや硝子体注射を併用した(併用療法)症例と併用しない症例での治療成績を比較した研究です。今回の研究で、より活動性の高い症例でも、併用療法を行うことで高い網膜復位率が得られることが分かりました。

この研究は、私が名古屋大学医学部大学院の時に行っていたものであります。この論文を改めて読んでみると、楽しく充実していた大学院生の頃のことが、昨日のことのように思い出されます。

私は、医学部卒業後、眼科臨床研修を2年間出身大学にて行い、網膜硝子体疾患にいかに網膜光凝固術や硝子体手術が重要かを知り、将来は硝子体手術ができるようになりたいと思うようになりました。2008年に名古屋大学に入局し、翌年から大学院に入学しました。
特に加齢黄斑変性症や糖尿病網膜症などにおける網膜新生血管の発生に関与する血管内皮増殖因子(VEGF)について、深い興味をもっておりました。その当時、私自身、妊娠・出産という経験をしたことから、最近、急増している未熟児網膜症に対し、抗VEGF薬物療法の臨床応用について特に研究したいと思い、大学院に入学しました。

大学院時代、一般診療や手術の傍ら、名大病院の新生児集中治療室(NICU)の未熟児の診察(往診)、レーザーと、搬送されてくる未熟児のNICUや小児病棟の入室準備、入院管理、手術準備、術後ケア、場合により術後のレーザー追加、退院後のフォローをすべて1人で行っておりました。ときには岐阜県や三重県の名大関連病院までレーザーをしに行ったり、患児の体力上、遠方まで搬送できない未熟児も夕方空いた時間を利用して往診やレーザーをしにいき、終わると今度は大人の緊急手術に参加するために急いで大学に戻るという生活でした。夜間は子供が寝てから真夜中にまた大学に戻り、朝方3時くらいまで調べものをしたりといったこともあり、家族の理解と援助なしではできない生活でした。また大学以外にも春日井市のコロニー病院で弱視訓練の診察や、大府の小児医療センターで毎週土曜日外来を2年ほど行っておりました。一番、勉強になったのは寺崎教授外来補佐でした。教授外来につき、そのまま教授の手術の助手にも入るという形で、緊急疾患への対応や治療、または原因不明の疾患に対する検査の選び方や問診の仕方など、非常に多くのものを得ることができました。教授外来補佐は最終的には、4年間やり通しました。これは、恐らく過去最長記録かもしれません。

またその間、眼科専門医試験も無事合格することもできました。院生のなかでも極めて忙しい毎日でしたが、周囲の方々に支えられ、4年間があっという間でした。

小児眼科をやるには、しゃべれない乳児や指示がきかない幼児でも根気強くみてあげないといけません、時にはご両親のメンタルケアとサポートも必要であり、私も心身ともに成長した実感がありました。さまざまな貴重な機会をいただき、非常に感謝しております。

今回の発表準備も、日ごろの手術や研究、論文すべてを根気強くご指導してくださった浅見哲先生(先生を無くして今の自分は決してありません)や、寺崎浩子教授の熱心なご指導のもと、医局に何度も通い、何度も作り直しました。さらに医局会で発表の練習会を特別に2回もさせていただき、医局の皆様にも本当にご迷惑をおかけしましたが、よりよいものができました。本当にありがとうございます。本番は、群馬県の両親も応援にかけつけてくれ、自分の講演している姿をみせることができて、宝物のような想い出ができました。

今後もこれらの経験を踏まえ、より低侵襲で重篤な後遺症の残らない治療や研究のお役に立てるよう、より一層努力していきたいと思います。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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